大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和39年(ツ)82号 判決 1967年1月23日

上告人 岡田政豊

右訴訟代理人弁護士 岡時寿

被上告人 小出悦子

右訴訟代理人弁護士 国枝亨

主文

原判決を破毀する。

本件を大阪地方裁判所に差戻す。

理由

上告理由第一点について。

原判決は、「上告人の父宇太郎は、上告人から上告人を代理して本件土地をその当時の所有者訴外守屋忠孝から買受けることを委任されたが、右訴外人に対して上告人のために本件土地を買受けるものであることを示すことなく、右訴外人との間に本件土地の売買契約を締結したのであるが、上告人と宇太郎間の右委任契約では右土地売買契約の効果を当初から上告人に帰属させる合意が成立していたので、右土地所有権は右売買契約成立と同時に上告人の所有に帰した。他方、宇太郎は右訴外人から右売買契約の履行を求めるに際して、買主名義を確知しない右訴外人から本件土地の所有権移転登記手続に必要な書類の交付を受け、原審相被控訴人白井敏則(右売買契約成立当時は宇太郎の長女即ち上告人の姉兎代子の夫で岡田姓であったが、その後離婚により白井姓に戻った。)に本件土地の所有権を真実に取得させる意思はないにもかかわらず、同人の所有名義に登記することを考え右書類を用いて、右白井に無断で本件土地について同人を取得者とする所有権移転登記手続を終った。その後、右土地は白井から訴外小松順に、次いで同訴外人から被上告人に順次売渡され、中間省略登記によって右白井から直接被上告人への右土地の所有権移転登記手続を終ったのであるが、右各売買契約成立当時、買主である訴外小松及び被上告人はそれぞれ右各売主が本件土地の所有者であると信じていたものである。」旨の事実を認定し、

右事実関係について、「上告人から売買及びその登記の委任を受けた宇太郎が、売主との通謀なくして白井にも無断でその名義に本件土地所有権移転登記をしたときに、第三者が善意で白井から本件土地を買受けた場合には、直接民法第九四条第二項にはあたらないが、同条及び同法第一〇九条、第一一〇条の善意の取引者保護の精神によって右第九四条第二項を類推適用し、上告人は右第三者に対し白井が所有権を有しなかったことをもって対抗できないものと解すべきである。(最高裁判所昭和二九年八月二〇日判決、民集八巻八号一五〇五頁参照)即ち、右第三者が無効を承認しない限り、第三者の取引行為に関しては白井が所有者となる。(このように解しても、登記に公信力を与えたことにならない。)」旨の判断を示し、

前記訴外守屋から白井への本件土地の所有権移転登記手続が上告人の指示、承認又は黙認の下に行われたものであるかどうか、その後上告人が右登記手続がなされたこと又はその登記を存続せしめることについて明示又は黙示の承認を与えたかどうか、上告人が本件土地について右白井を取得者とする所有権移転登記のあることを知りながらこれを利用する意思をもってことさらに右土地の登記簿上の所有名義を自分に回復する手続を回避した事実があるかどうか、その他、右白井から訴外小松への本件土地の売買契約成立当時本件土地の登記簿上の所有名義人が白井になっていたのは上告人の意思に基くものであるかどうかについては、何等の事実の認定もまた法律上の判断も示すことなく、本件の場合には、白井名義に所有権移転登記をしたことが上告人の意思に基くものであるかどうかにはかかわりなく、被上告人が本件土地所有権を取得し、上告人がこれを喪失する旨の結論を示している。

しかしながら、前記原判決判示の事実関係においては、白井名義に所有権移転登記をしたことが上告人の意思に基づくものである場合(即ち、右不実の登記の登記手続につき、上告人が、事前又は事後に、承認を与え又は承認を与えたと同視すべき行為をした場合)に限り、民法第九四条第二項を類推し、上告人は白井が実体上所有権を取得しなかったことをもって善意の第三者(即ち訴外小松及び被上告人)に対抗し得ないものと解することができるのであって、白井名義に所有権移転登記をしたことが上告人の意思に基づくものでないときは、右民法の法条を類推適用すべきではない。けだし、民法は不動産登記に公示力のみを認めて公信力を認めず、登記を対抗要件とする不動産上の権利については、不動産登記を信頼して無権利者から不動産上の権利を取得した善意の取引当事者よりも、右不動産上の権利の実体上の権利者であって右権利についての権利者としての登記を欠く者の方を、優先的に保護しているのである。したがって、本件の場合において、訴外小松が白井から、また被上告人が訴外小松から、それぞれ本件土地を買受けるに際し、各買主がそれぞれの売主を本件土地の実体上の真実の所有者であると錯覚したことについて上告人に責任がないにもかかわらず、右土地について白井を取得者とする所有権移転登記がなされていてその実体上の真実の所有者である上告人の権利を示す不動産登記が欠けていたことを理由として、善意の取引者保護の見地から、右土地について実体上無権利者である白井から右土地の譲渡を受けた訴外小松及び同人から更に右土地の譲渡を受けた被上告人が、それぞれ右譲渡によって右土地の実体上の所有権を取得する一方右土地の実体上の所有者であった上告人が右土地について何等の処分行為もしないのに右土地についての所有権を喪失すると解するのは、不動産登記を信頼してその不動産の権利を取得した善意の取引当事者に対し、その不動産上の権利の実体上の権利者であってその権利の権利者である旨の登記を欠ぐ者より、優先的保護を与え、結局において不動産登記に公信力を認めるものにほかならない。今日の不動産取引の実際において、登記を対抗要件とする不動産上の権利について、実体上の権利者でない者を権利者と表示した不実の登記の大多数が、右不動産上の権利の実体上の権利者から何等かの代理権を附与された者の申請によって登記されたものである事実を想起すれば、本件のような場合に、不実の登記がその権利の実体上の権利者の意思に基づかない場合においても、登記を信頼して登記簿上の権利者から権利を取得した善意の取引当事者を右実体上の権利者より優先して保護するのは、限られた少数の場合につき不動産登記には公信力がないことの例外を認めるのではなく、原則として不動産登記に公信力を認めようとする法律の解釈適用につながるものであることを容易に理解することができる。右のような法律の解釈適用は不動産登記の効力についての民法の基本原則に反し、到底これを支持することはできない。原判決の援用する最高裁判所の判例もまた不実の不動産登記がその権利の実体上の権利者の意思に基づくものである場合に関するもので、その意思に基づかない場合についての判決ではない。

以上の説明によって明らかなように、原判決が、本件の場合について、白井名義に本件土地の所有権移転登記をしたことが上告人の意思に基づくものであるかどうかにかかわりなく民法第九四条第二項を類推適用すべき場合に該当するとして、右上告人の意思に基くものであるかどうかの事実について何等の認定もなさず、右土地の所有権が被上告人に帰属したと判断したのは、法律の解釈適用を誤り、審理不尽の違法あるものである。上告理由第一点は理由がある。

よって原判決の上告人と被上告人間の法律関係に関する部分は、その余の上告理由について判断するまでもなくこれを破毀して、事件を原裁判所に差戻すべきものであること明らかであるので、民訴法第四〇七条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 坂速雄 裁判官 長瀬清澄 輪湖公寛)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例